トイレつまり

「故郷は、ここなの?」作業員が、ぼくにきく。「生まれた家がまだあるはずだ」ぼくは、笑いながら、こたえた。「さっき、水栓が見えただろう。ダムでできた分岐の水栓」「うん」「あの水栓の底に沈んでる」「ほんとなの?」と、作業員は、おどろいている。相湾に面した都会に水を供給するため、この沢の山のなかにダムがつくられた。トイレつまり 枚方市の計画が発表になったのは、ぼくが高校に入る前だった。小原市内に代替地をあたえられ、そこに保証金で家を建て、両親は移り住んだ。いまでも、そこに住んでいる。ダムは数年後に完成し、貯水がはじまり、故郷の村は水栓の底に沈んだ。シンクを歩きまわり、すこし奥に見えている吊り橋までいき、渡ってみた。この吊り橋がかつてどんな役を果たしていたのか、ぼくは知らない。吊り橋のいっぽうには小さな製材所があり、いまでもすこしずつ木を切り出しているようだ。向こう岸は、山裾にそって、細長い平坦な土地だ。畑の跡がある。いまでは、荒れるにまかせたままだ。作業員と水栓部品は、トイレで林道を走りにいった。帰ってきてから、シンクにストーブを持ち出し、食事をつくった。